2006年03月08日

最後の貸手は誰か

昨年の期末試験問題で、いくつかの言葉の説明をもとめたものを出題した。

日本銀行の機能についてであったので「発券業務」「国庫」のほか「最後の貸し手」という言葉で書いてもらった。でてきた解答で、おもわずヒザをたたいてうれしかったのは「日栄」というのがいくつかあった。いまの学生はするどい。「大学生のあたまがどんどんわるくなった」などとは、よく観察していない人の妄言である。

1昨年の就職活動のとき、ゼミの学生のひとりが「日栄」を受験した。京都名物の「八橋」を土産に持ってきた彼は、内定をもらったが断ったと報告した。理由はその年、新卒を何百名も採るということ、1−3年で辞める人がずいぶん多いらしいということだった。当時はその会社の業績は絶好調で、株式市場では高株価の人気銘柄だった。

ちかごろの就職戦線だが、それはヒドいものである。企業が大学の教育を崩壊させている。それは稿をあらためて何回も書くつもりだが、学生も企業をよく観察していることを企業は忘れないほうがよい。企業は、いまは買手市場だから、自分勝手な採用プランを決め、学生を評価している。多くの企業はおろかにも現在の顧客であり、それでなければ将来の顧客になるかもしれない学生たちに、就職活動を通じて自分たちもきびしく評価されていることに気がついていないらしい。

99年度に「日栄」の営業の実体があきらかになった。

この業務は、始発駅は若い社員による、電話・訪問などの新規開拓の営業である。

終着駅は保証人からの過酷な債権取立てである。これが国会でも追及され、創業者は息子に社長をゆずり、最近になって取締役も退任することが報じられた。

さて、「最後の貸し手」として「日栄」と書いた私の授業の学生は、残念ながらくわしい記述はなかったが、王様は裸だとズバっと言った子供のように、その一言はある意味でただしい。「最後の貸し手」とは営業のやりかたがあかるみになってみると、そこまでして借り手を探しているのかということである。金融業は大銀行がむかしからドンと店をかまえて、借りたい人も貸したい人も店に来なさいという営業スタイルだった。だから店は信用してもらうために、豪華な建物で人が集まり易いところに在った。それを、顧客の来店を待つのでなく、外交活動で獲得するのはいままでの融資業務とはちがう。

もうひとつは、この数年間、このような企業向けの小口ローンが急成長したのは、大はもとより中小にいたるまでノンバンクでない、金融機関の貸し渋りが背景にあったにちがいない。借りた企業は個人企業にせよ、法人にせよ、ここでしか借りられなかったところが多かったのであろう。その意味で「最後の貸し手」とは言える。

こうした業務の存在を非難することははやさしい。

それでもこうした業務を必要とする企業は無数にある。金融行政と銀行は消費者金融、いわゆるサラ金大手の成長拡大をゆるしてしまった。おなじようにこれまでの金融行政と銀行の経営のありかたは、零細な限界金融をみはなし、「日栄」「商工フアンド」の成長拡大に手をこまねいてきた。

国際業務から撤退した銀行は多いのだから、国内ではこのような分野もふくめてビジネス・チャンスをよくさがしてほしい。カギは顧客情報収集、分析能力にある。


Posted by kinnyuuronnsawa at 12:20│新・金融論茶話