2012年07月23日

790 巨樹の里の近況

790 巨樹の里の近況 2012.7.23  

7月7日、奥多摩の平岡忠夫画伯のアトリエを訪ねた。
このブログの第133回、2001年3月4日付で、「巨樹をまもる画泊」を書いているが、2000年10月に巨樹の絵が2000枚を突破したのを機会に、奥多摩で催しがあり、約400名が全国から集まった。

私は、その前も、2000年の夏にゼミ生と一緒に、そして、その後も2001年10月に山登り仲間と、平岡さんを訪ねている。

平岡さんは、東京都水道局の土木技師として、水源の探索や確保に従事されていた。若い頃から風景画を描いておられたが、山の奥へ行く事が多いので、巨樹に魅せられた。
描いた巨樹は、1988年には349枚に達しており、その頃から1000枚を目標にされていた。

私が最初に御会いしたのは、その頃だった。
巨樹の絵ハガキを販売した資金で、避雷設備を設けたり、樹勢回復をはかるなど、巨樹の保護運動を展開されてきた。

久しぶりに御会いしたが、書いた巨樹は2770本に達していた。
過疎で、廃校になった小学校の一部を買い取って、アトリエ、画廊、倉庫、居住室として、御夫妻で活動しておられる。
1929年生まれだから、83才になられる。

対象とする巨樹は、全国に2-3万本ある。
ほとんどは、深山幽谷の中で、アプローチは長く、難所が多い。
環境省が発表している、膨大な巨樹目録に細かい書き込みを入れ、場所を探し、道を定め、スケッチの準備をする。
行けば1週間程度の険しい旅になる。
帰ったら、奥多摩アトリエ(元は小学校の理科室)で、入念な仕上げを行う。

青梅線の終点から、バスに30分乗って、終点で降り、少し登ると元小学校がある。
このバスは,前日まで、今度の台風で不通だった。

次は、奈良方面に描きに行くと言われた。
ここから、往復ともクルマだという。
ただただ、敬服する83才である。

巨樹3000本の達成まで、あと230本、それまでに、何回か、緑の桃源郷と呼びたい、この巨樹の里を訪れたい。

嗚呼、このブログは、14年目なのに、まだ790本でしかない。

  

Posted by kinnyuuronnsawa at 16:46