2006年06月29日

326 署名入りの記事

326   署名入りの記事        06.6.25

国会での答弁だって、記者会見だって、慣れていたのだろうが、この10日間は日本銀行の福井俊彦総裁にとって、これまでにないマスコミへのExposureとなった。
あたかも、日本サッカーのゴールキーパーが、ブラジルの猛攻を浴びた日、予定されていた詰問の日程は終わった。日本チームはワールドカップ1次リーグに敗れて帰国したが、日本銀行チームの主将の福井総裁はゲームをあきらめていない。

国会答弁だけで、13日、15日、16日、22日、23日。その度に記者会見があった。
22日には、政府側から、小泉首相、安部官房長官、谷垣財務相、与謝野経済・財政金融相、日銀側から、福井総裁、武藤・岩田副総裁などが、on paradeで昼食懇談会をやったと報道されている。この会合のあと、小泉首相は「諸外国の例を調べて、資産公開や内部規定の見直し」を指示したと新聞は書いている。総裁の辞任は今のところ政府の四天王は要求していない。ただ、民主党など野党は承服しない。

こういう場合の新聞の論調は面白い。
朝日新聞は21日の社説で「総裁の椅子の重さ」を書いている。内容は、共同通信社の世論調査で「辞任すべき」49%、「辞任しなくてよい」13%などと紹介したうえ、きびしい論調である。「福井総裁の進退問題に決着がついたわけではない」と結んでいる。
その朝日新聞である。6月24日の土曜日に、朝日新聞が発行している「be」という別紙を見た。外売りでは本紙だけだし、家でも別紙は殆んど読まない。
今朝は、珍しくページを開いたら「福井総裁解任の損失」と題して編集委員の山田厚史氏が書いていた。

山田氏は福井総裁は「辞めるべきだ」という理由を10項目、「辞めることはない」という理由を10項目挙げている。これは、おおかたは同じ項目の解釈のウラ、オモテであって、ひところ流行った「チーズとバター」論議を借りている。
あとは、個人的に知っている福井総裁は、利殖に全く興味がない人であり、英エコノミスト誌が「世界一の中央銀行総裁」と評したことを紹介し、結びは、辞職により「美徳まで吹き飛ばすとしたら、失うものは大きすぎる」である。
社説と署名入りの記事との意見は正反対であるように、わたしは読んだ。

実は、おなじことは日経もやっていた。6月21日の社説で「信頼回復へ福井総裁の試練」と書いた朝刊に、編集委員の滝田洋一氏の署名入りの記事で「進退はマーケットが決めるのだ」と意味不明なことを書いている。
その後の日経の論調は、政府・与党べったりである。
日本の新聞は面白い。「社説」と「主要記事の論調」と「署名入り個人の意見」を、時には異なったまま載せている。英国のエコノミスト誌には個人の署名は無い。連載コラムと特別寄稿はべつにして、署名が付くのは年初にやる予測ものの記事にだけである。

日本では、一体、この新聞は何を考えているのか、社説と署名論説の両方を真面目に読むと困惑する。そんな読者は居ないと新聞社は思っているのだろうか。ところが、いろいろ分けて書いておくとメリットがあるのだ。

自民党の政調会長の中川秀直氏は、自分のホームページを開いている。
毎日、更新しているが、6月24日に前記の山田厚史氏の記事を取り上げ、賛成だとコメントしている。朝日の別紙「be」だって見ているのに恐れ入った。この中川氏は、新聞の社説や署名入りの論説を一つ取り上げ、要約して紹介と論評をしている。毎日やっているから、ごくろうなことである。
自民党の要職にある人の、むかしで言えば個人的検閲である。ほかの政治家だって、こんなことはやっているだろう。
新聞社のデスクや署名入りで書く大記者がそういうことを知らぬはずはない。
私は、あらためて考えている。新聞社と、署名入りの大記者は、それぞれ誰に読んでもらうことを期待して書いているのだろうか。それが一つでないから、社説などの匿名と、コラムなどの署名入り記事に自社の記者を配分しているのか。
そうだとしたら巧妙な両論併記である。

ところで、事件発覚の早い段階で与党の重鎮の何人かが、「日銀の現在の社内規定には抵触していないが、今後に備えて規定をみなすべきだ」と発言していた。新聞は忠実に、これを報道していた。
けれども、この人たちは自分で何分間ぐらい今の日銀の内規を読んだのだろうか。
私は日本銀行の社内規定を16日に読んでみた。

ホームページから取りA-4で印刷してみた。関連する社内規定は「日本銀行員の心得」4ページ、「服務に関する準則」2ページ、「株式買い入れ等に関する服務規制」2ページ、「贈与等、株取引等および所得等に関する報告要領」2ページと合計8ページある。細かく書かれた立派な社内規定である。届出義務としてヘッジフアンドという項目がなかったとか、保有資産の公開は規定していないから、不備な社内規定だというのは不当である。この8ページを熟読すれば、日本銀行の人が遵守すべき内容は、充分すぎるほど読み取ることが出来る。
  

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2006年06月25日

325 日米のメガバンク

325   日米のメガバンク      06.6.19

GSと野村證券の比較をやったのだから、日米の間接金融の王者も比べておかないと片手落ちになる。
そこで容易ではないことに取組んだ。
日本の都市銀行は、三菱UFJ、みずほ、三井住友、りそな、の4社に集約された。
米国には、マネーセンター・バンクと言う、BankofAmerica、 JPmorgan・Chase, Citibankの3大グループがある。
96年4月に三菱銀行と東京銀行が合併したとき、ニューヨーク大学教授のロイ・スミスは、米国紙に「Giant Gorillaは要らない」とコメントした。94年に「カムバック」と題して、米国の銀行はいかにして再生したかを書いていた人だから、日本でも知られていた。日米の巨大銀行は何人の予想をも裏切って、現在の規模と業態になってきた。

以下、記号を使う。三菱UFJフイナンシャル・グループ=M社、3月決算
Citigroup=C社、12月決算
データはAnnual Reportなど両社のIR資料による。

M社           05年度           04年度
   億円      A         B      UFJ統合前
経常収益(売上高)5兆4,077億円  4兆2,939億円    2兆6,285億円
経常利益     1兆4,333    1兆0,780         5,932
当期純利益    1兆1,817      7,707         3,384
  A=旧UFJホールデイングスの数値をフルに合算。
  B=同上 合併後の10月―3月分のみ加算。

M社は、05年10月1日にUFJを統合した。06年3月決算は、UFJの半年分だけの数値が合算されているが(B)、さかのぼって1年分を加算した(A)ベースの当期純利益は1兆1,817億円である。
この額がトヨタ自動車の1兆3,721億円に迫ったと喧伝されている。

C社 百万ドル       05年      04年    03年
Total Revenues     120,318     101,639   88,778
Interest Expense     36,676     22,004   17,184 
Operating Expense    45,163     49,782   37,500
Net Income        24,589     17,046   17,853  


C社の05年12月期の純利益は、245億8900万ドルである。為替換算はメンドーだから1ドル=100円とする。
それならC社の数字にゼロを二つ足せばよい。
        M社         C社
売上高   5兆4,77億円      12兆0,318億円   C/M=2.19倍
純利益  1兆1,817億円       2兆4589億円   C/M=2.08倍

売上げも、利益も日米で1対2なら善戦だという意見はあろう。それは間違っている。

M社            05年度 A       04年度 A
連結粗利益        3兆6,109億円    3兆4,141億円
うち資金利益       1兆8,579       1兆8,123    
  信託報酬         1,475         1,643
  役務取引等利益    1兆0,997         9,248
  特定取引利益       5,057         5,126
  +その他業務利益
  営業費       1兆9,253        1兆6,977
  連結業務純益    1兆6,855        1兆7,163
___________________________________________________________
  信託勘定償却    ▲   9      ▲  121  
  与信関係費用    ▲ 2,182      ▲ 12,801
株式関係損益       609      ▲ 1,770
その他の臨時損益  ▲ 939       ▲ 1,504
小計        ▲ 2,521      ▲ 16,196
_________________________________________________
経常利益       1兆4,333        964
  特別損益         6,342       3,244
当期純利益      1兆1,817     ▲ 2,161 

面倒な数字が並ぶが、これが銀行の決算だからガマンしてほしい。
「連結業務純益」というのが本業の利益をしめすもので、資金利益、信託報酬、役務取引等利益、特定取引利益+その他業務利益、で構成される。
UFJをフルに加算した比較で、05年度の業務純益は1兆6,855億円と前年比減少している。それでも経常利益が964億円から1兆4,333億円へ急増しているのは、一時的な理由がある。



信託勘定償却と与信関係費用は、過去に発生した不良債権に対して貸倒引当金を積んだり、不良債権を償却する費用である。それが05年度は大幅に減少した。景気が底入れして新規の不良債権発生が減り、過去の不良債権の回収も予定を上回ったからである。さらに株価の上昇で株式関係損益がプラスに転じた。
これらの要因が、経常利益および純利益を一挙に拡大させたのである。

問題は今期以降であり、M社が予想しているように06年度も05年度なみの利益が維持できれば、はじめてM社は健闘していると言える。

M社とC社は世界中を市場としている。
金融機関の利益の地域別セグメントを云々するのは野暮だが、両社が発表しているグローバル実績を記録しておく。

M社の経常利益配分。%
 日本83.9、北米11.0、 アジア・オセアニア4.1、欧州・中近東0.7、中南米0.3。
C社の純利益配分。%
 US 57  アジア14 メキシコ10 日本 6 ラ米 5 その他 8

日本での森林ゴリラと、世界での海洋ゴジラの差がわかる。
  
Posted by kinnyuuronnsawa at 10:05

324 「割りばし」亡国論

324 「割りばし」亡国論         06.6.19

今日は6月19日だ。1960年の昨日、33万人が国会周辺のデモに参加、本日の午前0時に新安保条約・協定は自然承認された。
古いことは忘れている。いまは、今日か明日かという北朝鮮のミサイル発射におびえながら、無力な日本は米国や国連のサポートを期待するしかない。おなじ日、小泉首相は米国に協力して派遣したイラクからの自衛隊撤退を発表した。

その当日、今日の朝日新聞夕刊のトップ記事は、「無料割りばし危機」である。
「林野庁の推計では04年の1年間に日本で消費される割りばしは248億膳、うち中国からの輸入は97%以上を占める。国産は約5億膳で10年前の6分の1に低下した。」
「中国は、1)シラカバなど原木の値上がり、2)人民元切り上げ、3)付加価値税の還付停止4)原油価格上昇に伴うコスト増、などを理由に、昨年12月に30%の値上げを実現、今年3月に20%の再値上げを通告、これは実現にいたっていないという。」

日本のフアミレスなど、関連業界は打撃を受ける。コンビニでは、握り飯や助六を買っても「箸はいくつ、おつけしますか」と割りばしを入れてくれた。これからは有料にしたいほどの痛手だというのだ。

この問題の根は深い。それほど昔でもない、すくなくとも60年安保のころにはフアミレスは日本になかった。銀座でも日本橋でも昼間に「そば屋」や「うなぎ屋」の裏では箸を洗ってイカケなどに入れて、乾かしているのを見かけた。繰り返してつかう置き箸が普通であった。落語の「時そば」では、割り箸をつかっているのを誉めていたが、あれは水がない屋台だからであろう。
フアミレスが、食ビジネスを変えた。割り箸の普及もその一貫だ。西洋料理でも中国料理でも、食器を一回かぎりで捨てるということはない。フアミレスには、功も罪もある。
ひところから、焼き鳥はタイで串にさしたものを日本に持ってくると聞いた。
これは、労働力の輸出、串という資材の海外依存、廃棄物の海外での処理、など日本のいいとこ取りである。中国に対する割り箸依存も似たようなものである。

日本は中国以上に山林の豊かな国である。割り箸などシラカバでなくても杉、檜の間伐材でも、再生のはげしい竹材でも日本には立ち枯れるほど繁茂している。これを使わないのは国家的罪悪である。

これを機会に割り箸、ポイ捨てを見直すべきである。
資源は、日本のみでなく世界中にわたって貴重である。それ以前に、ゆたかな日本の山林資源が放置されて荒廃している。竹林はその最たるものである。

中国は割りばしの価格をもっと、もっと値上げしてほしい。
そうでなければ、日本人は自分達がつづけてきた愚かな行動を修正しないのである。


  
Posted by kinnyuuronnsawa at 10:01

323 歓迎、上場廃止

323   歓迎、上場廃止     06.6.18

「すかいらーく」は、78年に上場し、フアミレス業界の雄として株式市場でも活躍してきた。この会社に刺激されてコード8000番台の顔ぶれが変わった。外食産業という言葉を定着させたのも、この会社などだ。横川、茅野の4兄弟が設立・経営しており、各2.6%の個人筆頭株主である。
6月8日、「すかいらーく」は、MBOによる自社株の公開買付け(TOB)を発表した。6月9日から7月10日までの間に1株2500円で7247万2600株を、総額1811億8200万円で買付ける。これだけで発行株数の3分の2である。TOBが成功すれば、残りの株式も現金と交換して1ヶ月後に上場廃止になる。非上場化については、すでに松下電産やソニーなどが、グループ子会社の株式を買い取った。このような非上場化は今後も増えるだろう。今回はそれとは違い、ポッカコーポレーション、ワールド(すでに両社とも日経会社情報では掲載廃止)に次ぐケースである。

TOBにより、6月の中間配当と株主優待を廃止したり、発表が唐突だと非難があるようだが、私はこのようなMBOによる上場廃止に賛成である。
横川会長名の「すかいらーくの新たな挑戦」という趣意書と、伊東社長名の「公開買付けに賛同する理由」も読んでみた。会社にとって上場を続ける必要がないし、株主にとって魅力がないから、上場を廃止することに賛成である。
当社は1970年の1号店以来、いま4400店あり、年間5億人が利用しているという。
外食産業の市場規模は、平成9年の30兆円が最近は25兆円に縮小した。今後も成長産業とは言えない。当社も藍屋、ジョナサン、小僧寿し本部の合併など外部成長で規模を維持している。現状を打開するのに、経営の抜本的改革を必要としている。それを推進するには、経営方針について大勢の株主の合意を得たり、経営の詳細をデイスクロするのが煩わしいのだろう。

株式公開のメリットは何か。資金調達の多様化、組織や企業統治制度の整備、知名度の向上、人材の確保などがある。デメリットは、株主への対応・情報開示の負担、経営を支配される懸念などがあろう。いまや当社は知名度も資金調達力も充分あり、株式上場はメリットよりデメリットのほうが大きいと推測される。
それに、昔にくらべれば上場会社と非上場会社の違いが少なくなったと思う。
資金調達では、PE市場が発達したし、社債、転換社債の発行が容易になり、債権の証券化も進んだ。非上場会社の資金調達手段が拡大している。知名度については、インターネット時代のおかげで、上場していなくても情報の発信、伝達はいくらでも出来る。一方で、上場会社にたいしては、規制はきびしくなってきている。


村上フアンドやライブドアの跳梁跋扈するのをみたオーナー経営者が、もう上場はやめたいと思うのも一理ある。

企業にはライフサイクルがある。創業、成長、成熟、衰退の順序は必然である。株式市場は成長資金の調達にふさわしい。成熟期以降は、上場しているという緊張が、経営者をして挑戦に駆り立てる。それが出来なければ売却がよいが、ほかの手段もあってよい。

上場会社の最後が倒産や被買収だけではさびしい。
MBOによる上場廃止が盛んになれば、株式上場には、退場という出口も備わり、そのことによって新規上場を促進することになるのである。
  
Posted by kinnyuuronnsawa at 09:56

322 銀鯱会の30数年

322  銀鯱会の30数年     06.6.13

わたしは名古屋大学3年生のとき、塩野谷九十九先生のゼミに入った。
体育会系の学生で勉強には熱心でなかったが、1年生の語学クラスから一緒だった岡本崇君(千代田化工)が、経済学への興味を啓発してくれた。
塩野谷ゼミではケインズの「一般理論」を読んだが、べつに年代を貫いた勉強会があり、当時も飯田経夫さん(大学院生 −名大教授)を囲んだ少人数の会があった。33年卒の横山昭雄氏がリーダーであり、秀才が集まっていた。EvceyDavid・Domar の「Toward Dynamics」など原書の輪読をやった。そのあと、経済に関係ない読書や、映画の批評で盛り上がった。映画の全盛期で「汚れなき悪戯」「居酒屋」「高慢と偏見」など、渋い洋画に陶酔していた頃だ。
飯田経夫さん、水谷研治さんなど、先輩たちの実績に加えて、前年の慶応大学での塩野谷ゼミの発表も評価されて、名古屋大学は1958年の第五回日本学生経済ゼミナールの主催校となる。経済学部をあげて取組んだ刺激的なイベントであった。タテ、ヨコの学生間の交流は強まった。この大会は今でも毎年ひらかれている。

卒業して、それぞれ職についた。塩野谷ゼミから、金融関係への就職は多かった。わが同期16名のうち、3分の2は金融・証券・保険であった。
1960年代の終わりごろだろうか、大手町周辺につとめている名大OBの銀行員の何人かが、たまに昼食しながら勉強会を開いていると聞いた。情報通の法学部出身、神宮司高志君からだっただろう。
その集まりを知り銀行員でもないのに、入れてもらった。会の名前を銀行と名古屋の城にちなんで銀鯱会とした。
それから続いている。メンバーは最初は33年、34年卒の数名だった。
それを途中から拡大した。氏名と最初の入社先だけ紹介する。
教師、飯田経夫(名古屋大学、故人)。
33年卒、横山昭雄(日本銀行)、藤井和雄(東京銀行)、伴野幹彦(三井銀行)、鳥居登(日本特殊陶業)、平光良三(キャノン)、
34年卒、船渡尚男(長期信用銀行)、伊藤龍郎(協和銀行―あさひ銀行)、清水靖雄(協和銀行―あさひ銀行)、内藤直(勧業証券)神宮司高志(静岡銀行)、柴田昌治(日本ガイシ)、青山浩一郎(野村総合研究所)、加藤和明(山一證券、故人)、藤田尚徳(東京銀行、故人)、岩田昌樹(東海銀行、故人)。関谷幸三(名大助教授―東濃信金、故人)。
35年卒、外村仁(野村證券)、服部省二(山一證券)

年に3-4回集まった。名古屋、静岡、岐阜、大阪などからも来た。幹事は回りもちでワリカン、場所は、決まっていなかったが、八重洲の中華料理のラウンド・テーブルが多かった。議論しやすいからだ。
談論風発、経済情勢や金融・証券の大きなトピックスを論じた。もちろん企業経営も重要なテーマだった。メンバーの大半が海外勤務や留学経験があり、視野は広かった。
飯田経夫先生のユニークな意見は貴重だった。進行役が伴野氏で、横山氏が口火を切り、藤井氏が最後というのが、納まりがよかった。全員が活発に話し合い、何人かが新幹線で名古屋方面へ帰る時刻がすぐにやって来た。

30数年すぎても続けている。いまの幹事は清水靖雄氏で場所は学士会館になった。
さすがに往年のように金融・証券市場への情熱をギラつかせることはない。
学生時代のように読書会にもどった。
その前に昼食しながら懇談する。みんな趣味はゆたかで、囲碁の高段者、俳句や仏道の達人もいる。この会がつづいているのは、横山昭雄氏のせいであり、それを支えてきた伴野、藤井氏など33年卒の先輩たちの貢献である。

当時の名古屋大学のような、小さな大学に入ってよかったと思う。
わが青春の「銀鯱会」、このあと何年つづくか知らないが、ケインズの属していた「ブルームズベリー・クラブ」より高等な、小さくても長くつづいている勉強会のことを、はじめて報告しておく。
  
Posted by kinnyuuronnsawa at 09:52

2006年06月13日

321 清少納言を讃える

321  清少納言を讃える      06.6.11

「徒然に、マネーの通う細道の、方丈ほどの枕草つむ」
「金融論茶話」と名づけたコラムは、薄田泣菫だけを意識したものではない。
上記のサブ・タイトルのように、4人の大先輩にも敬意をはらっている。
これで、「枕草子」の319回を超えた。もっとも、古典には異本が多くあって、昭和37年刊行の岩波文庫では319回、昭和55年刊行の角川文庫では302回までと、28の補足となっている。私は枕草子を熱心に研究したことはない。2−3回通読しただけである。それも文庫本にとどまり、他の文献をあたってはいない。いま、このコラムが枕草子の319回を超えてみて、清少納言の偉大さに脱帽せざるを得ない。

以下は池田亀鑑氏による岩波文庫の解説にもとづいて書く。
清少納言が宮仕えをはじめたのは、西暦993年、30才前後とみられる。15才で入内した主人の定子(関白 道隆の娘)は当時18才であった。184段「宮にはじめてまいりたるころ」は初出仕の緊張をつたえている。西暦1000年に定子は一条天皇の皇后に、彰子(関白道長の娘)が中宮になる。双方に清少納言と紫式部が付く。勢力は「望月の欠けたるなし」の道長派の圧勝で、定子は25才で亡くなり彰子は87才まで生きる。

池田氏によれば、枕草子の内容は3種に分けられる。(1)山は、川は、など、ものはづけ(2)清涼殿の丑寅の隅に、など宮仕え中の作者の見聞 (3)春はあけぼの など自然、人事にわたる感想・評論である。(1)は319段のうち4割ぐらいを占める。短くて1行ですむものが多い。(2)(3)は長い。コラムというより短編小説の内容である。それは志賀直哉の短編よりは余程レベルが高い。

清少納言の人生は波乱に富んでいる。曽祖父は古今集に「夏の夜はまだよいながら明けぬるを 雲のいずこに月やどるらん」などを残した清原深養父であり、父も高名な歌人であった。兄がすくなくとも二人あった。一人は叡山の僧で、落雷で死んだ。尼になった清少納言を引き取っていた兄は、白昼自宅で殺害された。清少納言は、橘則光と結婚した。相手は自分と同じか少し年下の18才、子供をひとり生んだが離婚し、歌人として有名な藤原実方と結婚する。これも長続きはしない。清少納言が34,5才のとき70才の藤原棟世の妻となり、一女をもうける。棟世の死後は尼となって余生をおくる。
当時は、紙がない、毛筆しかない、情報がない、データがない。ヒマは余っていただろうが、よく書いたものだ。めったに外へも出なかったようだが、寺社まいりの途中ではよく観察している。たとえば、212段の田植えでは女を、213段の稲刈りでは男を書いているが、並べているのが心にくい。
日銀券には宿敵が登場したが、清少納言の生涯はもっと評価されてよい。
  
Posted by kinnyuuronnsawa at 13:13

2006年06月11日

320  轟音下での薪能

320  轟音下での薪能       06.6.11

加藤周一は「羊の歌」に真珠湾攻撃の日のことを書いている。
1941年12月8日、日米開戦を知った。その日、新橋演舞場で人形浄瑠璃を観る予定があった。母親はやめなさいと言ったが振り切って出かけた。客は少なかったが予定通り開演した。国家の存亡の危機にあっても平然と演じられたことに感動した加藤周一は、信濃町の能楽堂へもしばしば通うようになる。

5月29日、深大寺で薪能(タキギノウ)を観た。シダックス株式会社が奉納しているもので今年は第15回である。そのため観世流26世宗家の観世清和師が特別出演される。昨年は雨で流れたが、私はこれが3回目の鑑賞である。本堂の廊下を拡大して能舞台がしつらえてある。その前に数百から千の椅子が置かれてある。すべてシダックスの負担である。こうした催しを続けていることに敬服する。立派なCSRである。

深大寺は東京郊外に僅かに残されたサンクチュアリである。隣に広大な植物園があるが寺内にもケヤキやクスノキが茂り新緑がまばゆい。本堂の近くにムクロジの大木がある。6時過ぎに読経のあと、本堂の前の左右の篝火(カガリビ)に火が入る。暗くなってくるにつれて燃える火の明るさが鮮明になる。このごろは、自然の火を見ることがすくない。

狂言、「昆布売」のあと、能は「通小町( カヨイコマチ)」であり、深草少将の怨霊であるシテを観世清和師が演ずる。小野小町を思いつめた深草少将が百夜通えと言われ、実行する。毎晩通っては牛車の轅(ナガエ)を置く台に数字を書き付ける。あと一夜をのこして少将は悶死する。「通小町」は深草少将の小町への百夜通いの続編といえる。

あらすじはこうだ。ある夏、八瀬の山里で僧(ワキ)が小町(ツレ)の化身に会い受戒を所望される。そこへ深草少将の怨霊(シテ)があらわれる。ツレはシテにも戎を授けてくれと僧に頼む。舞台にはワキとツレが居り、シテの観世師は声だけで姿は見えない。やがてシテも舞台へ登場する。最初は拒んでいたがシテも受戒を求める。
それから小町と少将が百夜通いの恨みと言い訳を短いやりとりで交し合う。
盛り上がる場面である。最後は二人とも戎をさずかり成仏するのである。

小町と少将が並んだ頃、ジェット機の轟音が上空に響いた。午後7時20分だ。それから終演までに4機が爆音をたてて飛び去った。
けれども観世宗家の声は轟音に負けない。26世、室町時代から続いている伝統芸術は幾多の戦争を経験してきたのだ。
薪能を観たあと沖縄のことを思った。
  
Posted by kinnyuuronnsawa at 16:20

319 再、切札は中国へ

319  再、切札は中国へ      06.6.9

対外資産のうち中・長期債の保有は198兆3210億円であった。
それを通貨別に分類する。
05年末現在  アメリカ・ドル  88兆2590億円 44.4% 
日本円     51兆0410億円 25.7%
ユーロ     39兆6260億円 19.9%
この三通貨で90%を占める。アメリカ・ドルだけで44%だ。
上記のアメリカ・ドル分に米国債が含まれる。

米国債の国別保有状況は、5月16日の日経のワシントン発の報道によれば次の通り。06年3月末現在  1位  日本   6401億ドル(70兆4000億円)
           2位  中国   3214億ドル
           3位  英国   1795億ドル 
日本の米国債保有額はダントツだが、2位が中国とは不気味である。英国はすでに債務
国であり、国際金融市場での買手としては威力がない。経常収支が黒字である国が注目
される。それは中国である。
06年4月5日の日経は中国が外貨準備高で日本を抜いて世界一になったことを報じた。それによると、次のようになる。
06年2月現在の外貨準備高。  多い順の10位。
中国         8536億ドル      
日本         8500
台湾         2534
ユーロ圏       2121
韓国         2089
ロシア        1659
インド        1389
香港         1227
シンガポール     1150
マレーシア       730
日経の記事は適切だったが、2月でなく昨年のうちに中国は外貨準備高で日本を抜いて
いた。中国は人民元の為替相場の上昇を抑えるために、ドル買い介入を続けている。そ
れは、今でも日本が時折やっている、円売りドル買い介入と同じだ。
介入をやることによって、中国の所有するドル資産は増える。
どんなドル資産を持つか。日本が行ったのと同じように、安全で流動性の高いドル資産を選好する。それは米国政府の発行する国債でしかない。
 中国の経常収支は増え続ける。海外への投資余力は増大する。企業による直接投資と機関投資家の証券投資が主体であろう。今週、中国は外貨使用の上限枠を大幅に引き上げた。そのほかに、政府、中央銀行の差配できる外貨準備運用額は巨大である。
それが、当面、主に米国債にむかうのは間違いない。日本がやってきたようにである。
ただ、中国は日本より賢いし、米国との関係が異なる。

ひたすら、蓄積する外貨を米国国債に投じたりはしないだろう。そうしたとしても、政治、外交、国防と一体化して行動するであろう。当然である。
世界一の債権大国には、日本でなく中国がなる。対外債権の額でも、外貨準備の額でも、米国債の保有額でも、同盟国、日本ではなくて、中国が米国を牛耳る。
日本が使わなかった、米国に対する切り札が中国に移る。

国際収支の発展段階説は重要である。わたしは1970年からそれを主張してきた。
人が年をとるように、企業にライフサイクルがあるように、国家も成熟し衰退する。
それは、国際収支の構造にあらわれる。
日本は債権国だが、やがて貿易収支が赤字になる債務国に転じる。
そのとき所得収支で補って経常収支の黒字を維持しなければならない。そうでなければ今の英国、米国とおなじく世界の厄介者になる。

  対外資産負債残高   05年末
資産合計 506兆1910億円       負債合計 325兆4920億円
うち直接投資 45兆2460億円      直接投資  11兆9030億円
証券投資 249兆4930億円     証券投資  181兆9590億円
貸付   79兆2410億円      借り入れ   94兆8050億円          
              財務省

いまの資本収支を再検討すべきである。対外資本投資は今の内容で良いだろうか。
価格変動のはげしい証券投資の割合が大きすぎると私は思う。大型の長期で安定的な収益を生む直接投資を増やすべきである。経常収支が黒字であるうちに対外投資のポートフオリオを改善しなければならない。

そうは言っても、これは民間がやる行動だから、思うようには変はらない。
私に出来ることは、日本の国際収支構造の長期的な展望を示して憂慮するだけである。

MAKE HAY WHILE THE SUN SHINES。
  
Posted by kinnyuuronnsawa at 10:06

318  再、債権大国?

318      再、債権大国?      06.6.9

このところ、世界の株価、金利、為替市場の波乱がつづいている。原油価格など国際商品市況の高騰が一因だが、もう一つは米国経済の構造的脆弱性が背景にある。国際収支の赤字がGDP比6%超と、史上最悪となり、財政赤字も拡大している。二つの赤字を埋めているのは、日本、中国などから米国への資金流入だ。なかでも日本の役割は大きい。そこで、今までも書いたが、国際金融における日本の位置づけを整理しておく。
1)国際収支の発展段階説 (茶話284)
         貿易・サービス収支 所得収支 経常収支
未成熟債務国   赤字       赤字  赤字  インド
成熟債務国    黒字       赤字  赤字  ブラジル
債務返済国    黒字       赤字  黒字  中国
未成熟債権国   黒字       黒字  黒字  日本
成熟債権国    赤字       黒字  黒字
債権取崩し国   赤字       黒字  赤字  米国、英国
日本銀行
日本は未成熟債権国段階にある。
貿易・サービス収支は黒字をつづける一方で、これまでに蓄積した外貨で対外投資を増やしてきたので、その利子
配当が入り所得収支も黒字である。英国、米国、西ドイツにもこういう黄金時代があった。

     日本の国際収支    資料   日本銀行
 億円 歴年     05年 速報   04年   03年  
貿易・サービス収支  76,027   101,961   83,553
所得収支       113,595   92,731   82,812    
経常収支       180,479   186,184  157,668 
資本収支      −139,575   17,370   77,341
外貨準備増加     24,562   172,675   215,288
   05年には、はじめて所得収支が貿易・収支を上回った。
   つぎは、成熟債権国への道である。
   あと何年で 貿易・サービス収支が赤字という「成熟債権国」になるだろうか。
   米国は1960年代に、この段階に入り、71年のニクソンショックは、経常収支も
   赤字になるという「債権取崩し国」入りでの対応策であった。


2)対外純資産残高     億円      対GDP比 %  
日本        180兆6990億円      35.9
スイス        48兆8510       119.1
香港         44兆2252       255.7
ドイツ        28兆0291        8.9
フランス       15兆7252        6.7
ロシア           4094        0.7
イタリア       −12兆8786     − 6.7
カナダ        −17兆8297     − 1.9
英国         −43兆8319     − 17.8
米国         −264兆6959    − 21,7
 日本、カナダ、英国は05年末、あとは04年末
 中国、台湾は公表していない。     資料     財務省
日本の対外純資産残高は、突出している。米国の債務超過はそれ以上に巨額だ。
3) 日本からの債券投資残高
          17年末       16年末
直接投資    45兆6050億円     38兆5810億円
証券投資    249兆4930億円    209兆2470億円
うち株式    48兆2000億円     37兆9720億円
中・長期債   198兆3210億円    167兆6350億円
短期債      2兆9730億円     3兆6410億円
以下略
外貨準備    99兆4440億円    87兆7200億円
____________________________________________
資産合計   506兆1910億円     433兆8640億円
負債合計   325兆4920億円     248兆0670億円
純資産合計  180兆6990億円     185兆7970億円    財務省

米国債は、この中長期債の中に含まれる。さらに外貨準備の運用として米国債のウエイトは多いと思われる。外貨準備の運用うちわけに証券という項目があり、80%以上がそれに投入されている。
日本は債権大国であり、日本が蓄積した外貨で米国債を購入して、米国の二つの赤字を補填しているという構図は明らかである。それは、いつまで続くだろうか。
  
Posted by kinnyuuronnsawa at 09:59

2006年06月07日

317  引かれ者の大唄

317  引かれ者の大唄          06.6.6

わたしが最初に歌舞伎をみたのは、高校2年の3学期、名古屋の御園座であった。
出し物は、「青砥草紙花錦絵、別名、三人吉左巴白波」が、メインであった。戦後の歌舞伎を盛り上げた松碌、梅幸、海老蔵の3人が、和尚、お嬢、お坊を演じていた。
それ以来、歌舞伎を観るのはヤミツキとなった。
「白波」ものでは「白波五人男」が分かりやすい。稲瀬川の勢ぞろいの場は、まもなく捕まる前に、長いセリフと大見得がある。「引かれものの小唄」ではなく、五人の大泥棒が自分の華やかな罪暦を披露して縛につくのである。この幕切れに江戸や明治の庶民は大喜びした。勧善懲悪だからだろうか。それだけではあるまい。なぜ、忠臣蔵にあれほど喝采したのだろうか。

6月5日、村上世彰氏が逮捕された。村上氏は、引かれ者ながら、1時間半にわたって熱弁をふるい、六法を踏んで、大見得を切って退場したのである。
村上氏は、罪を犯したのであろう。法律に違反したのであろう。だから、昨日から猛烈に叩かれている。メデイアから、有識者から、平成の庶民から。
時代の寵児は、自己の利益追求のため、違法なビジネスを拡大した極悪人に落ちたことになっている。ちかごろの日本のマスコミは、結果が判った負け犬を溺れてからも徹底的にたたく。その前までは、散々もてはやしたくせに、である。

法律は、アンシアンレジームを守るためにある。それでよい。
けれども古い体制を改革するには、法律を破るしかない。改革は、それ以外には生まれない。
赤穂浪士たちは、幕府の一方的な裁きは理不尽だと考えた。それを表明する場所も機会もない。自分たちの主張を幕府の要人や天下の人々に知らせるためには、仇討ちしかない。それは法律を犯す行動である。

金融・資本市場、とくに欧米では規制と脱法の歴史である。インサイダー取引にしても規制は厳しくなっても法破りはあとをたたない。(茶話292,293)ただ、誰かが法を破ってなにか新しいことを始めたあとに、金融・資本市場に新しいものが生まれることがある。
シュンペーターのいう革新、具体的には新しい商品、製法、販売方法、原料、管理組織などは、法律という鉄条網を誰かが体を張って切り開いたあとに生まれる。

わたしは、国債と株式の交換スキームを考え、バブルを発生させたジョン・ロー(茶話138)とコングロマリットを創設したハロルド・ジェヌイーンが好きだ。二人とも悪人という評価で市場から去った。
村上氏を二人と比べるのも愚かだが、これで日本の金融・資本市場の国際化が後退するのは明らかである。


改革を容認している米国の独立宣言の1節を付記しておく。

We hold these truths to be self-evident, that all men are created equal, that they are endowed by their Creator with certain unalienable Rights, that among these are Life, Liberty and the pursuit of Happiness.--That to secure these rights, Governments are instituted among Men, deriving their just powers from the consent of the governed, --That whenever any Form of Government becomes destructive of these ends, it is the Right of the People to alter or to abolish it, and to institute new Government, laying its foundation on such principles and organizing its powers in such form, as to them shall seem most likely to effect their Safety and Happiness.


  
Posted by kinnyuuronnsawa at 12:35